花芽萬朶 CargarVander 1406
■花芽萬朶 CargarVander 1406 横浜書館ペンクラブ【会員近思録】
南 部 みゆき
●「アン、ごめんね」
この春から始まった、『赤毛のアン』の翻訳者である
村岡花子さんの生涯を描いたドラマ『花子とアン』が小さな楽しみです。
私の少女時代からの憧れの人は3人いて、
1人はテレビドラマ『大草原の小さな家』の吹替翻訳者の森みささん、
1人は現在も第一線で活躍をされている映画字幕翻訳者の戸田奈津子さん、
そしてもう1人が村岡花子さんです。
高校生時代に『赤毛のアン』シリーズを何度となく読み、
大人になった今では専ら映画化されたカナダ映画『赤毛のアン』、
『続・赤毛のアン』を楽しんでいます。
ドラマ『花子とアン』が放映されると知ったとき、
ふと、村岡さんに憧れは抱いているものの、
ご本人のことは殆ど何も知らないと気づきました。
そこで、ドラマの原案となった村岡花子さんの伝記
『アンのゆりかご-村岡花子の生涯-』を
ドラマ放映に先立って読んでみました。
村岡さんのお孫さんが書いた本です。
とても興味深い内容でした。
特に、『赤毛のアン』の原書、『アン・オブ・グリン・ゲイブルズ』は、
第2次世界大戦が始まったときに、
親交を深めていたカナダ人宣教師ミス・ショーが帰国する際に、
友情の印として村岡さんに託したものであること、
その際に、いつか平和が訪れたときに必ず日本語に翻訳する、
と村岡さんが約束したこと、
その後原書を戦火から守りぬき、
ミス・ショーとの約束を果たしたことなど、読んでいて胸が熱くなりました。
一方、この伝記は、“『赤毛のアン』という邦題は
村岡さん自身が付けたのだろうか…”という、
私が高校生の頃から抱いていた小さな疑問を解決してくれました。
愛読者であれば、アンが自分の赤毛をどれほど忌み嫌っているか、
そしてそのためにどれだけ自分をトラブルに巻き込んだか、をよく知っています。
もしアンが実在してこの邦題を見たら激怒するか、泣き崩れてしまうでしょう。
翻訳者の村岡さんが付けたとしたら、
そのいきさつが知りたい、と思っていました。
伝記を読むと、出版社との度重なる話し合いの結果、
村岡さん自身が決めた『窓辺に倚る少女』に決まっていたそうです。
ところがその後、
出版社から『赤毛のアン』はどうだろうか、という電話が入ります。
村岡さんは「嫌です。『赤毛のアン』なんて絶対嫌です」と断った、とありました。
ではなぜ、『赤毛のアン』に落ち着いたのでしょう-。
それは、20歳の娘さんから
「すばらしいわ!『赤毛のアン』になさいよ、お母様」という
意外な答えが返ってきたことで、この物語を読むのは若い人たちなのだ、
と村岡さんが我に返ったからでした。
そして、慌てて出版社の社長に電話を掛けて
『赤毛のアン』に変更してもらったそうです。
長年の小さな疑問が、すうっと解けて、そして苦笑してつぶやきたくなりました。
「アン、ごめんね」と。
宮崎県宮崎市・宮崎大学医学部講師
みうらみつくに
●『もはや、地球は破綻した』
最近の暑さは一体なんなんでしょうか。
夏の様です。
夜に掛けていた羽毛布団も、
窓を開け放して寝て風邪をひくことの不安も、
半袖半ズボンで出掛けることの恥ずかしさも、必要ありません。
いつもなら、
その到来が憂鬱に感じる露でさえ、
なにやら待ちどおしい位です。
板橋区在住・創作家
南 部 みゆき
●「アン、ごめんね」
この春から始まった、『赤毛のアン』の翻訳者である
村岡花子さんの生涯を描いたドラマ『花子とアン』が小さな楽しみです。
私の少女時代からの憧れの人は3人いて、
1人はテレビドラマ『大草原の小さな家』の吹替翻訳者の森みささん、
1人は現在も第一線で活躍をされている映画字幕翻訳者の戸田奈津子さん、
そしてもう1人が村岡花子さんです。
高校生時代に『赤毛のアン』シリーズを何度となく読み、
大人になった今では専ら映画化されたカナダ映画『赤毛のアン』、
『続・赤毛のアン』を楽しんでいます。
ドラマ『花子とアン』が放映されると知ったとき、
ふと、村岡さんに憧れは抱いているものの、
ご本人のことは殆ど何も知らないと気づきました。
そこで、ドラマの原案となった村岡花子さんの伝記
『アンのゆりかご-村岡花子の生涯-』を
ドラマ放映に先立って読んでみました。
村岡さんのお孫さんが書いた本です。
とても興味深い内容でした。
特に、『赤毛のアン』の原書、『アン・オブ・グリン・ゲイブルズ』は、
第2次世界大戦が始まったときに、
親交を深めていたカナダ人宣教師ミス・ショーが帰国する際に、
友情の印として村岡さんに託したものであること、
その際に、いつか平和が訪れたときに必ず日本語に翻訳する、
と村岡さんが約束したこと、
その後原書を戦火から守りぬき、
ミス・ショーとの約束を果たしたことなど、読んでいて胸が熱くなりました。
一方、この伝記は、“『赤毛のアン』という邦題は
村岡さん自身が付けたのだろうか…”という、
私が高校生の頃から抱いていた小さな疑問を解決してくれました。
愛読者であれば、アンが自分の赤毛をどれほど忌み嫌っているか、
そしてそのためにどれだけ自分をトラブルに巻き込んだか、をよく知っています。
もしアンが実在してこの邦題を見たら激怒するか、泣き崩れてしまうでしょう。
翻訳者の村岡さんが付けたとしたら、
そのいきさつが知りたい、と思っていました。
伝記を読むと、出版社との度重なる話し合いの結果、
村岡さん自身が決めた『窓辺に倚る少女』に決まっていたそうです。
ところがその後、
出版社から『赤毛のアン』はどうだろうか、という電話が入ります。
村岡さんは「嫌です。『赤毛のアン』なんて絶対嫌です」と断った、とありました。
ではなぜ、『赤毛のアン』に落ち着いたのでしょう-。
それは、20歳の娘さんから
「すばらしいわ!『赤毛のアン』になさいよ、お母様」という
意外な答えが返ってきたことで、この物語を読むのは若い人たちなのだ、
と村岡さんが我に返ったからでした。
そして、慌てて出版社の社長に電話を掛けて
『赤毛のアン』に変更してもらったそうです。
長年の小さな疑問が、すうっと解けて、そして苦笑してつぶやきたくなりました。
「アン、ごめんね」と。
宮崎県宮崎市・宮崎大学医学部講師
みうらみつくに
●『もはや、地球は破綻した』
最近の暑さは一体なんなんでしょうか。
夏の様です。
夜に掛けていた羽毛布団も、
窓を開け放して寝て風邪をひくことの不安も、
半袖半ズボンで出掛けることの恥ずかしさも、必要ありません。
いつもなら、
その到来が憂鬱に感じる露でさえ、
なにやら待ちどおしい位です。
板橋区在住・創作家
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