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zoom RSS 『正しく念う』

<<   作成日時 : 2017/03/29 18:02  

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   『正しく念う』
 聞思の人生

〇浄土をよろこび願う念い真ならば、臨終いよいよ正念な穢土を厭い離れる
こころ虚ろならば、臨終の途惑い更に深い。

○真心に帰る。これを真宗という。

○自力の信心とは我執のはたらきであり、
他力の信心とは真心のはたらきである。

○「最近、世の中が不自由になった」という言葉がよく聞かれるが
本当は精神的に幼稚で不自由な精神を持ち合わせて、
不足を感ずる人間が多くなったというべきではないだろうか。
而して、そういった人間が概して、また、不自由な世の中を作っている。
これを悪循環という。

○宿善・無宿善ということ、覚如上人から始まれり。
また、善知識の教化というものを強調したのも上人のようである。

○仏法者と自称しつつ、杜会的義務を欠く無慚の徒

○人間は真であるものよりも、自分が欲するものを容易に信じこむ    べーコン

○南無阿弥陀仏は吾等が真実の力であり、如来の真実の願心である

○「因」が「心」にうなずければ「恩」になる。             村上尭信



  『年回法要について』 

 なぜ一周忌・三回忌・七回忌・十三回忌・
十七回忌・二十三回忌・二十七回忌・三十三回忌・三十七回忌・五十回忌・
百回忌なのか


 家族の一員が死んだ直後は、遺族の全員にとっては大きなショックであり、
それこそ涙がかれんばかりに泣きあかしていたものが、
”ひとのうわさも七十五日”ということわざがあるようヒ、
月日の経過にしたがって悲しみもうすれ、同時、に、
故人に対する感謝の気持ちや、
人生の無常に対する考え方も稀薄になりがちである。

 こういったことから、死後一定の期問が経過してから法事を営み、
故人をしのび、故人に感謝し、更には故人の冥福を念ずることは、
自分たちもやがては死を迎えねばならない遺族にとっては
大変意義あることなのである。
 
 中陰とよばれる四十九日の法事の次は、百か日であるが、これは、
中国の風習からきたもので、土葬された死体が白骨化するのが百目目の頃なので、
その頃に霊魂が完全に肉体を離れるという信仰からきたものである。

 一回忌又は一周忌とよぱれる満一年目
亡くなった日を記念して法事をつとめたいという自然の気持ちからであった。
それ以後は、生きている人と違って、毎年法事を営むわけにもいかないので
(法事には相当費用もかかるし、死者が増えてくるにしたがって.、
毎年の法事は大変なことであるから)三と七という、
仏教で古くから重んじられてきた数の年ごとに法事を営むようになったものであろう。
そして普通は、個人の法事としては五十回忌を終わりとし、
それ以後は先祖代々をまとめて法事を営むが、それは、その頃になると、
死者を個人的に知っていた人が殆どいなくなるために、
一人の故人としてしのぶよりも、
先祖の一人といった受け取り方になってしまうためなのである。したがって、
百回忌、二百回忌といつた法事をするのは余程特殊な場合だけなのである。

 なお、地方にとっては、二十三回忌と二十七回忌をまとめて二十五回忌をしたり、
丁寧なところでは、四十三回忌や四十七回忌をつとめることもあるようだ。

 十三回忌は十二支からきている、などと説明することもあるが、
三とか七といった数に特に意味を持たせたというよりも、古代の人びとが、
もっとも自然に行ってきた法事が、いつの間にか定着したと考えたい。

 初七日から四十九目までが、
満で数えると六日目から四十八目目であるのと同じく、一回忌を除くと、
三回忌以後はすべて数えの年数であるから、
三回忌は満二年目、七回忌は満六年目ということになってくる。

 なお、親の五十回忌の法事をつとめる程長生きできた人が、
生きてきた人生のよろこびと、親の恩に対する感謝の気持ちから、
赤飯を祝う風習があるのは嬉しいことだ。



  『なぜ祥月命目というのか』

 中国においては、"祥"というのは一周忌を意味しており、
法事の中でも特に大切なものとして行われていたようであるが、
日本にくると、"祥”が"正"に通ずるところから、
毎月の死亡の命日とは区別して、一周忌から以後の、同じ月を祥月とよび、
その当日を、祥月命目とよぶようになったものである。

 前述のように、一周忌・三回忌(満二年目)・七回忌(満六年目)
……から五十回忌(満四十九年目)までは、特別なよび方があるわけだから、
普通"祥月命目〃とよぶ場合は、これらの法事の間にくるもの、
すなわち、満三年目・四年目・五年目等の命目を指しているのである。

 はじめのうちは、毎月の命日に法事を営んでいても、
死亡してから年月が経過するにしたがって、だんだんと追善供養から遠ざかり、
やがては死者のことなど忘れ去ってしまうのが人間であることに
きがついていた古代人が、せめて死亡した月日と同じ日くらいは、
死者のことを思い出し、特別に僧侶を招いて法事をしなくても、
一家が仏前に集って合掌し、平生よりは立派な供花・供物によって、
死者への感謝と冥福を祈る集いを持とうとしたのが、
祥月(正月と書くこともある)という風習を残した理由であると考えられる。

                         【花山勝友著『葬式法要目本教』より】


  『今日の一歩』

 天竜寺の開山、夢窓国師が雲水姿で一人の弟子を連れ、
信州の中野へ行こうと、東海道を下られたことがあった。

 天竜川にさしかかると、船の都合で、長い間待たされ、
やっと乗ることができたが、小船ですぐ満員になった。

 と、そこへ、ほろ酔いの武士がひとりとびこんできて、
ばたばた動くので、船がゆらぐ。

 国師は、
「そう動きなさると、船がゆれます。しばらくじつとしてください」
といった。すると、その武士は、
「せまくて困るから、邪魔になるやつは放りだせ。そこにいる坊主などは、外へ放りだしてもかまわぬ」
と、どなる。
「あなたは、そういわれるが、すこしのあいだがまんすれば、すぐ向こう岸につきます。みんな長い間船待ちした者、どうかしばらくお静かにねがいます」
「やかましいわい。おれは、静かにはできない性分だ。でろ、でろ!」

 国師は黙っていると、武士は、
「でろ!」
と、鉄扇で国師の頭を打った。
 鮮血がたらたらと流れた。

 もと北面の武士だった弟子が、怒って立ち上がろうとするのを、国師は、
「お前は、これくらいのことで、腹が立つのか」
と、おさえた。
「でも、あまりにも、傍若無人の振舞い」
 国師はにっこり笑って、
「これが仏法の修行じゃないか。口先ばかりで忍辱行などといっても、こうしたときに堪忍できぬようでは、役に立たぬ」
といって、

  打つ人も打たるる人ももろともにただひとときの夢のたわむれ

という、歌をよまれた。

 国師は対岸へついて、水で血を洗っていると、そこへ先刻の武士がきて、
悔悟の涙を流しながら無礼を謝し、
お弟子に加えてほしいとたのんだということである。

 忍辱とは、菩薩の実践すべき行の中の一つであり、耐えがたきを耐え、
忍びがたきを忍ぶということである。
 
 耐えがたきに耐え、忍びがたきを忍ぶということは、
口でいえばしごく簡単なようであるが、じっさいにそれを行おうとすれば、
これほどむずかしいことはない。
 なぜならば「がたき」ということは、できないとはっきりいえることであり、
耐えがたきに耐え、忍びがたきを忍ぶという世界は、そのできないものをとび越えて、
できるようにしなければでてくるものではないからである。

 さかさになつても、そんな芸当は、われわれにはできそうにもない。

 それどころか、耐えられるものにさえ耐えられず、
忍べるものにさえ忍びえないで、腹を立てたり、怒ったりしているのが、
おたがいである。

 いや、まだある。

 みずからの日々の暮らしを振りかえってみたとき、そこに、
腹を立てるべきでないものに腹を立てたり、
怒るべきものでないものに怒ったりしている自分を発見することはないか。

 そこのところで静かに三省してみたいと思う。

 三省したとき、忍辱の行とはるかにへだったところで、
ちいさな感情のとりことなって、狂いまわっていることのあわれさが、
ずしんと心にしみこんでくるにちがいない。

 われわれにとって、いちばん大切なことは、その時点における、
前向きの姿勢であるといわねばならない。人生はそのまま修行であり、
その前向きの姿勢から、はじめて修行が出発するのだ。

 この話における、したたりおちる鮮血の中で、
にっこり笑える夢窓国師の忍辱の境涯は、なるほどはるかに遠くはあるけれども、
一歩あゆめば一歩近づけることはたしかである。

 遅々とした歩みしかできぬおたがいながら、
われわれは、今日の一歩を心して歩みたいものと思うのである。
                              【花岡大学 著『魂の奔流』より】




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