テーマ:貫裕見聞録

『貫裕見聞録』 あとがき

  『貫裕見聞録』 あとがき                                      佐 竹 貫 裕  先月をもちまして、私の長期アジア旅行記『貫裕見聞録』は無事、終了しました。 ふり返って見ますと、長かったようで、短くもあり、短かったようで長くもあった感がします。  中国は広かったです。ほんまに広…
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『貫裕見聞録』 四十二

   『貫裕見聞録』 四十二                                      佐 竹 貫 裕 スリ・ランカに感銘し、日本へ!   一九九二年十月三十一日、国会議事堂を見てきた。 スリ・ランカの首都はコロンボではなく、 スリ・ジャヤワルダナプラ・コッタというコロンボから東へ少し行った…
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『悪霊払いの儀式を見て、いよいよコロンボへ』

   『貫裕見聞録』四十一                                     佐 竹 貫 裕   悪霊払いの儀式を見て、いよいよコロンボへ  一九九二年十月二十二日、夜九時過ぎ、 悪霊払いの儀式が行われるというので、連れて行つてもらう。 バイクで十分ほど走って、ある一軒の民家に着いた。 そ…
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『ジープでアンドゥラ保護区へ』

   『貫裕見聞録』四十                                      佐 竹 貫 裕     一九九二年十月二十二日、夕赤、私の泊まったゲストハウスにはジープがあって、 この日、泊まっていた他の四人の観光客と一緒にサファリに行くことになった。  アンドゥラ保護区には野鳥がたくさんいて、マラ…
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『ダンヒンダ滝』

   『貫裕見聞録』三十九                                     佐 竹 貫 裕  一九九二年十月二十日、午後二時にバドゥツラ行きの列車に乗った。 どこまでも続く茶畑。景色はとても美しかった。  午後五時半頃、バドゥツラに着いた。ここは終着駅。 これ以上もう線路は向こうにない。…
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『予定の列車はなかった』

  『貫裕見聞録』三十八                                     佐 竹 貫 裕   一九九二年十月十九日、ハクガラ植物園に行って来た。 とってもきれい。この前行ったぺーラデーニヤ植物園よりもこっちの方がよい。 コスモス、バラ、高原の草花が、実によく手入れされていて咲きみだれていた。 野…
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『シーギリヤでの一日』

   『貫裕見聞録』三十七                                      佐 竹 貫 裕  シーギリヤでの一日  一九九二年十月十四日、お釈迦さまの歯が納められているという仏歯寺に行ってきた。 いっぱいお参りに人が来ていた。 スリランカではブツダは神さまのようになっている。 ちょっと違…
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『目的地に到着できず、キャンディで素晴らしいダンス・ショーを見る』

  『貫裕見聞録』三十六                                      佐 竹 貫 裕     一九九二年十月十三日、この日はえらい目にあつた。  朝四時に目が覚めて、眠れなかったので家にお手紙を書いた。 そして、朝食をすませバスターミナルヘ。 「ダンブッラに行きたい。」 と言って、人に尋ねると…
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『自然と調和した遺跡、ポロンナルワ』

   『貫裕見聞録』三十五                                        佐 竹 貫 裕  一九九二年十月十日、ミヒンタレーに行くつもりでホテルを出た。 バスを待っていると、うんこがしたくなった。 あわてて、ホテルに戻った。 もうちょつとでもれるとこだった。 危ない危ない。 再度、ホ…
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『モルディブからスリランカへ』

 『貫裕見聞録』三十四                                      佐 竹 貫 裕  一九九二年十月一日、モルディブの島の朝は、大雨だった。 朝食を食ぺて、島を散歩してみる。 昨日まで知らなかった生け簀を発見した。 中には青い流線型の魚、黒い魚、赤茶色の小っちやな魚、白い魚がいて、なんとサメ…
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『モルディヴ、シュノーケルで熱帯魚と遊ぶ』

 『貫裕見聞録』三十三 11.10.                                     佐 竹 貫 裕   一九九二年九月二十八日、朝ご飯を食べ、インディアン・エアライン(Indian Airlines)で、 モルディヴの首都・マーレ行きの航空チケットを買う。 博物館に行くが、今日は休館日で閉まってい…
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『嘘を言うバスのお兄ちゃん』

 『貫裕見聞録』 三十二                                      佐 竹 貫 裕    一九九二年九月二十四日、コー.チンでカタ・カリダンスというものを見る。 細い竹串のようなものを使って、ココナッヅォイルで溶いた何種類かの岩石の粉末で作った赤や黄色、黒、黄緑の色を顔に塗っていく。 みるみ…
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『アラビア海の浜で海水浴』

 『貫裕見聞録』三十一                                     佐 竹 貫 裕    一九九二年九月十三日、朝六時半頃、あるバススタンドに到着。タイヤ交換のため、バスがしばらく姿を消す。 が、二時間経っても現れない。 結局、そのバスは欠便になって、乗り換えすることになつた。 ガーン! ショツク…
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Ajanta仏教石窟寺院遺跡とEllora石窟寺院遺跡

 『貫裕見聞録』三十  Ajanta仏教石窟寺院遺跡とEllora石窟寺院遺跡  一九九二年九月七日、バスに乗って、Videsha(ヴィデーシャ)駅ヘ。 そこから特急列車に乗つてJargaon(ジヤルガオン)という駅に向かう。 夕方の七時に着くはずが、遅れに遅れて九月八日の朝、五時に着いた。 おまけに下痢がひどくなり、…
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サーリプッタとモッガラーナの前世物語

 『貫裕見聞録』二十九                                    佐 竹 貫 裕  一九九二年八月三十一日、下痢が治らん。もう一週間も続いている。先日、食べに行った日本料理屋『GINZA』で、お粥を注文し食ぺた。  九月一日、リンゴジュースと水しか飲んでへん。ほんま、下痢が治らん。  …
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住友商事インド支店の副長さんのお宅で

 『貫裕見聞録』二十八                                    佐 竹 貫 裕  住友商事インド支店の副長さんのお宅で  一九九二年八月二十九目、両替をしに銀行に行く。しかし時間切れ。お昼の十二時半では遅すぎた。今日は土曜日だ。仕方なくぶらぶらと歩いて、最後はリキシャーをつかまえ、デリーの国立…
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「久美子ハウス」での友人と再会

  『貫裕見聞録』二十七                                     佐 竹 貫 裕  一九九二年八月二十六目、朝六時のバスに乗り、ジャイプール(Jaipur)という街に向かう。正午に着く。宿を探して荷物を置き、しばらく休んでから街中を歩き出した。このあたりは砂漠に近いこともあり、ラクダが車を引いてい…
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『貫裕見聞録』二十六

                                    佐 竹 貫 裕 カジュラーホーからタージ・マハルへ  一九九二年八月二十一日、ガヤー(Gaya)駅から朝四時の列車に乗って、お昼の三時にサトナー(Satna)というところに着く。ここからバスでカジュラーホー(Khajuraho)というところに向かう。…
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ブッダ・ガヤーでトラブル(前編)

  『貫裕見聞録』二十四                                       佐 竹 貫 裕  一九九二年、八月十九日。ブツダ・ガヤーに来ている。ここはお釈迦様が瞑想をし、お梧りを開いたところである。今もその地に四代目の菩提樹が、赤や黄、ピンク、青色と様々な色の紙で、着飾られ立っていた。まるで七夕のようで…
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  『貫裕見聞録』二十三

 サールナート(鹿野苑)   一九九二年八月十五日、ヴァラナスィーからちょっと北に行ったサールナートというところに来ている。ここはお釈迦様が最初に説法をしたところだ。昔は修行者の集まる森で、日本語名では『鹿野苑』と呼ぱれていた。今ではだだ広い公園になっていて、赤茶色のブロックでできた大きな遺跡かあちこちにある。現在、鹿はどこにも見…
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『貫裕見聞録』二十二

 ヴァラナシーの「久美子の家」                                     佐 竹 貫 裕   一九九二年八月十四日、ヴァラナシー(Varanasi、別名:ベナレス)に来ている。ここはガンジス河が流れ、ヒンドウー教の聖地が連なっているところ。よく、インドで夕陽を背に黄土色の大河の中、水浴びをしている、…
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『貫裕見聞録』 二十一

 砥園精舎  一九九二年八月十二日、釈尊入滅の地・クシーナガルを後にして、スラヴァスティー(舎衛城)に来ている。  朝五時に起きて顔を洗い、読書をした後、外のお店でまず、チャーイ(ミルクティー)を一杯、二杯、三杯、四杯と飲んで、豆とジャガイモの煮たものを食べた。腹ごしらえも済んで、今度はトコトコと歩いてお釈迦様がよくご説法さ…
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 貫裕見聞録 No.20

                                    佐 竹 貫 裕  深夜、武装警察隊が 一九九二年八月十日。昨晩は大変びっくり仰天した。深夜の十一時半頃のことである。なにやら外が騒がしい。目が覚めた。やがて、私の部屋のドアをドンドンドンドン!と、激しくノヅクする音が聞こえた。何事かと思つて、飛び起き、…
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